岡益の石堂(おかますのいしんどう)

鳥取市国府町にある陵墓参考地「岡益の石堂(おかますのいしんどう)」は、僕が古代石造物の中で最も気になるものの一つです。

いつ誰がどんな目的で造立したのか全くの謎に包まれていますが、柱の形状や細部の装飾様式などから7世紀頃に作られたものと考えられています。

壁石に囲われた中に問題の石造物(石柱部の高さ約2m)

解説版によると、石室の中央に基礎石を置き、その上にエンタシス(胴張り)の円柱を建て、その上にマス型の中台をのせているとありますが、僕が見たところ柱はエンタシスには見えません。

柱の根元には二重の請花があるようです

柱の上に乗る台石が一番意味深な部分だと思います。この上に何かを置いていたのでしょうが想像がつきません。

解説板によると唐草文が浮彫されているそうです

岡益の石堂は現在、安徳天皇の陵墓参考地という扱いで宮内庁が管理しています。しかし安徳天皇の墓となると平安末か鎌倉初期の造立でしょうから、その時代の石造物と比べてかなり趣を異にしています。仮に時代は中世初期としても、墓塔なのかなんなのかは謎のままです。

付近には岡益廃寺という古代寺院跡があるそうなので、元は石燈籠だった可能性も考えたいですが、それを特別に区画しているのは石燈籠を超えた意味を感じます。正体に関してはお手上げですが、時代は直感的に奈良時代以前のものだと思いました。

県内には壁画で有名な淀江廃寺という白鳳寺院跡があるので、岡益の石堂もそんな古代仏教文物の生き残りなのかもしれませんね。こんなにも堂々とした謎の石造物は珍しいと思います◎

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