上淀廃寺跡(白鳳寺院跡)

「白鳳寺院」というと、その響きだけでワクワクします。僕は最近奈良時代以前の歴史に最も興味があるので、平城京よりも前に存在した古代寺院跡へ行く時は少しスリルを感じます。

鳥取県米子市淀江町の「上淀廃寺跡」はそんな白鳳時代の寺院跡の中でも特に貴重な遺物が見つかっていて、また伽藍の配置なども興味深いです。

寺院跡の中心部(北東から)
白鳳寺院に特徴的な瓦積み基壇
塔の礎石(心礎、レプリカ)

伽藍配置は大変興味深く、金堂の東に塔の心礎(心柱の基礎)が三つ並んでいて、実際に確認できる塔の遺構は二基のみだそうです。

下のイラストは確認されたもののみを再現したものだそうですが、気になるのが金堂前に小さく描かれた石燈籠です。どんな石燈籠が検出されたのか、また調べたいと思います。

伽藍復元図

すぐ近くに「上淀白鳳の丘展示館」があり、発掘された瓦などが展示されています。

単弁八枚の瓦です
こちらは単弁12枚

上淀廃寺で最も注目される出土物が、金堂内部に描かれていた壁画の断片です。国内最古の仏教壁画として知られる奈良県の法隆寺金堂壁画(焼失)を彷彿とさせますし、何より土の中から綺麗に出てきたという事にビックリです。

出土物については「上淀白鵬の丘展示館」のHPの映像が分かりやすいです。

発掘された時の壁画(レプリカ)

金堂内に仏教壁画があったことが分かった上淀廃寺は、どうしても奈良の法隆寺と並び評されますが、共通点は時代や壁画だけでは無いように思います。

というのは日本各地にある7世紀以前の古代寺院は、だいたい由緒が不明で、例えば法隆寺にしても、別の場所(太宰府観世音寺か)から移築したという説が根強くあり、あれだけ有名ではありますが実際には不可思議だらけの寺院です。

つまりこの上淀廃寺の由緒などもヤマト政権の歴史にそぐわない存在だったからこそ、今では謎になってしまったのかも知れません。

白鳳寺院についてはまだまだ勉強不足ですが、古代の謎と真実が詰まっていることは間違いなく、古代史に想いを馳せるには絶好のフィールドだと思います◎

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